2016年10月17日月曜日

バリ島の空を舞うパラグライダー120機、世界記録更新


インドネシアのバリ島で16日、色とりどりのパラグライダー120機が同時に空を舞い、パラグライダー同時飛行の世界記録を更新した。これまでの世界記録は2009年に同じバリ島で達成された99機。

 島南部の険しい崖から紺ぺきの空に向けてパラグライダーで飛び立った参加者たちは、青い海やヒンズー教寺院、赤い屋根の集落などを眼下に空中浮遊を楽しんだ。


 バリ島でのパラグライディングについて、航空スポーツの国際組織「国際航空連盟」のフリッツ・ブリンク氏は「地形も環境も完璧だ」と語った。

 短距離飛行が一般的なパラグライダーだが、エンジンを搭載していなくても数時間かけて数百キロを飛行することが可能だ。

情報元:AFP News

2016年9月30日金曜日

車掌の「最後のアナウンス」に涙 海外譲渡される南武線での出来事


JR埼京線や横浜線で活躍してきた205系。JR東日本は今年4月、南武線で使用してきた120両をインドネシアの「ジャカルタ首都圏鉄道」(KCJ)に譲渡すると発表しました。少しずつ譲渡を進めてきましたが、12月6日夜に最後の車両が営業運転を終えました。終点を前にして流れた車掌のアナウンスが「感動的」「泣いた」と話題になっています。どんなメッセージだったのでしょうか? JR東日本に話を聞きました。

船に積み込まれる205系



終点の武蔵中原駅が近づくなか……


 川崎駅(神奈川県)と立川駅(東京都)などを結ぶ南武線。譲渡されるのは、この路線を走っていた205系の120両ですが、全車両というわけではありません。1編成は今も現役で、1月9日まで運行予定です。

 譲渡される最後の車両の最終運行があったのは12月6日。最後の車両ということもあって、11月16日から「南武線→海外譲渡」と書かれたヘッドマークをつけて運行していました。また、車内には幼稚園児や保育園児が描いた絵や205系の塗り絵などを展示。そのままにしてジャカルタへ譲渡されます。

 終点の武蔵中原駅が近づくなか、こんなアナウンスが流れました。


 ただいまご乗車いただいておりますこの車両は、本日をもちまして南武線の営業運転から引退し、今後はインドネシア・ジャカルタに渡り、走り続けることとなります。まもなく終点の武蔵中原です。電車をお降りの際は、お忘れ物のございませんように、また、この電車との思い出もお持ち帰り頂けたら幸いでございます


アナウンスを聞いた乗客たちが、ツイッターにそのときの様子を投稿すると、「車掌さんの言葉に感動」「泣けた」「号泣」といったコメントが寄せられました。

205系の車内。車内には幼稚園児や保育園児が描いた絵や205系の塗り絵などを展示。そのままにしてジャカルタへ譲渡される


JR東日本に聞きました


 このことについてJR東日本に聞いたところ、こんな回答が寄せられました。

 「実は12月6日に最終日を迎えた当該車両では終日、このようなアナウンスをしていたんです。最終列車だけではありません。長らく南武線205系をご愛顧いただいたお客さまへの感謝の気持ちを込めました。こうした反響をいただけたことを、ありがたく思っています」

JR東日本で活躍した205系電車が到着するのを待つ乗客ら=ジャカルタ・コタ駅



ジャカルタでは主力車両として活躍


 これまでにジャカルタへ渡った205系は、今回の分も含めると500両近くになります。現地では主力車両として活躍しています。

 KCJが日本の中古車両を積極的に導入するきっかけとなったのは、2000年に都営地下鉄三田線の車両を無償譲渡したことでした。不要になった電車を、カネをかけて解体するのではなく有効活用しようと、日本と同じ線路幅のインドネシアに譲渡したのです。

 それからKCJは日本から中古車両を買うようになり、増えた車両を武器に2008年からの6年で運行本数を5割増やし、1日の乗客数を倍の65万人に伸ばしたといいます。積極的に売り込んでいるJR東日本は、「アフターサービス」として技術者を派遣。鉄道運営で相互協力していく覚書も締結しています。

 JR東日本は「これまでインドネシアにおいて実施してきた技術支援は、世界の鉄道発展への寄与、廃車予定の車両の有効活用による環境面での意義、海外での技術支援のノウハウ獲得といった観点から実施してまいりました。今後もオペレーション、メンテナンス、及びマネジメントの分野で協力していく予定です」としています。

情報元:withnews

2016年9月29日木曜日

【カリバタ英雄墓地】日イの歴史に思いを馳せる場所


ジャカルタ南部にあるこの墓地は

想像以上に広く、まるで遺跡のよう・・・

ここは

国籍、宗教、性別問わず

インドネシア独立戦争で戦績をあげた方々が埋葬されている墓地です。


””
独立の英雄としてこの墓地に埋葬されることは、インドネシアで最高の栄誉とされており、その葬儀にはインドネシアの国防省代表、インドネシア国軍の葬儀委員、儀仗兵、軍楽隊が参加して、厳粛に執り行われる。
インドネシア独立戦争に参加した28人の日本人戦没者が埋葬されている。
独立戦争を生き抜いた日本人元兵士にはインドネシアによってゲリラ勲章が授与され、英雄墓地に埋葬される権利を得るが、本人が望まない場合や書類不備などの場合、一般墓地に埋葬される。
                                        ””


墓地内のモニュメント



第二次世界大戦終戦後「武器を捨てろ」という命令に背いてまで

インドネシア独立のために戦った日本人がいたそうです。

この出来事が、インドネシアが親日国である理由の一つなのかもしれません。

約7,000人が眠っている墓地。

ちなみにここは土葬です。

ジャカルタ内とは思えない空間



インドネシアでプルメリアは代表的な供花なので

墓地の周りにはプルメリアの木がたくさん植えられていてとても良い香りがします。

時間の流れもゆっくりに感じられます。

お墓の周りにはたくさんのプルメリアの木
お墓の周りにはたくさんのプルメリアの木


お墓の周りにはたくさんのプルメリアの木



お墓の周りは常に綺麗に清掃されていて

私が訪れた日もたくさんのインドネシア人が草木の手入れをしていました。

敷地内はインドネシアとは思えないほど綺麗で

ゴミひとつ落ちていない不思議な空間です・・・



一人一人のお墓に、軍隊のヘルメットが飾られていて

日本人のお墓には、日本名とインドネシアでの通称名が併記されています。



日本人のお墓がなかなか見つからなくて彷徨っていたところ

お墓のお手入れをしているお兄さんが案内してくれました。

旧日本兵の墓地



毎年独立記念日にはお墓一つ一つがライトアップされ魂を弔うそうです。

2015年4月22日には安倍首相も献花に訪れています。



インドネシアと日本の歴史に思いを馳せる。

そんな日があっても良いのではないでしょうか?



カリバタ英雄墓地
住所:Jl. Raya Kalibata, Kota Jakarta Selatan
電話:+62 815 19528498 

情報元:Tripuuu

2016年9月27日火曜日

<BALIVITA>人気のチーズケーキはやっぱり素晴らしいお味?


異国の地に住んでいると、日本の味がむしょうに食べたくなるときがあります。
最近では、日本レベルのお味を堪能できる日本食レストランやパン屋などが多くなったバリ島ですが、スフレチーズケーキで美味しいと思えるものに、とんと出会ったことがなかったのです。

ところが、バリ島のサンセットロード沿いにある、カルフールに近い「BALIVITA」というパティスリーのチーズケーキが美味しいという情報を入手しました。
さっそくお店に行ってみると、素晴らしく綺麗な店内にニコやかな店員さん。
お店が空いていたからか、「これ良かったら試食してくださいね。」と、ケーキやらパンやらいっぱい試食させてもらいました。


お目当てのチーズケーキは、レジ横のショーケースに納められていて、ちょっとサイズが小さめであるものの、お値段約600円ほど。

試食させて頂いた段階で、即購入決定と即断してしまうほど、美味しいケーキでした。
他にも、パンやらお菓子やら「日本レベル」の味が揃っているので、ついつい「絶対に潰れないでね!」と願わずにはいられない、そんな新しいお店でした。

情報元:wowネタ!

2016年9月26日月曜日

初!FES☆TIVE、インドネシアの人気テレビ番組に登場


FES☆TIVEが、8月19日にオンエアされたインドネシアの人気テレビ番組『Inbox』へ生出演した。

楽曲・パフォーマンス・映像など、“お祭り”というコンセプトに徹底してこだわっているFES☆TIVE。YouTubeで公開した動画をきっかけに海外のジャパンフェスからオファーが相次ぎ、これまでタイと香港に遠征してきたが、今回は8月20日に開催されるインドネシア大学主催のジャパンフェス<GELAR JEPANG22>へのメインアクト出演のため、8月18日よりインドネシア入りしているという。


FES☆TIVEは、番組冒頭から通訳を介しながらバラエティタレントとのトークに参加。PSYの「GANGNAM STYLE」のカバーダンスやインドネシア伝統舞踊などを踊らされる無茶ぶりもありつつ、ラストには3rdシングルより「進めジパング」(Go Zipang)をパフォーマンスすると、公開収録に集まったオーディエンスから大きな声援が集まった。インドネシアでは『Dahsyat』という音楽番組が有名で、数組の日本人アーティストの出演実績があるが、この番組の双璧とも言われる『Inbox』に出演した日本人アーティストはFES☆TIVEが初めてとのことだ。




なお、インドネシアのお茶の間でいきなり知られることとなったFES☆TIVEは、8月20日に約5,000人収容のParkir Timur Senayanにて、<GELAR JEPANG22>のメインアクトとして75分のライブを行う予定。また帰国後となる9月4日には、名古屋LIVE HALL M.I.Dにてワンマンライブを実施する。



情報元:BARKS

2016年9月22日木曜日

日本人によるクディリの絶品ケーキ

 

東ジャワ州クディリに絶品スイーツがあるのをご存じだろうか。インドネシア人パティシエのアフマド・アリス・チャキム(36)さんと、妻の宇田川朋美さん(37)が営む「パティスリー・アフマドアリス・宇田川」。小さな田舎町にある小さなパティスリーには、毎日こだわりのケーキが並ぶ。

 アフマドさんは約14年間、日本で修業した。特に日本で学んだスポンジのきめ細かさや柔らかさ、フランス人から教わったムースの作り方にこだわる。味はインドネシア人の好みに合わせず、甘すぎない繊細な味を表現する。
 
日本人に人気の「ガトーフレーズ」はショートケーキのこと。酸味のあるイチゴに甘すぎない生クリーム、やわらかいスポンジの間にもいちごがぎっしり。これで2万ルピアはうれしい。


毎月、必ず1種類以上の新作を出している。今月限定のパッション・マンゴーはマンゴーの甘味とチーズがよく合う。紅茶やコーヒー、緑茶とシェフのおすすめケーキのセットは3万ルピア。アットホームな店内では、のんびりとした時間が流れる。

朋美さんは旅行先のバリでアフマドさんと出会い、2年後、アフマドさんが東京へ。アフマドさんは日本で食べた数々の料理のおいしさに感動し、ゼロからのスタートだったが、日本で料理人を目指し始めた。
 

東京・代官山の製菓・調理専門学校に通いながら、イタリア料理店に勤務。卒業後は製菓関連企業に就職し、13年には「パティスリー界のピカソ」と言われたフランスのパティシエ、ピエール・エルメが展開する「ピエール・エルメ・パリ」の東京アトリエに入社。フランス人からスイーツ作りを学んだ。
 
アフマドさんの出身地で両親も住むクディリで14年7月に店をオープン。「生まれ故郷のインドネシアとお世話になった日本の両方に恩返ししたい。日本で学んだおいしいケーキを、できるだけ多くの人に食べてもらいたい」と話す。インドネシアではバターケーキが主流で生クリームのケーキはまだ新しい。パティスリーが何かわからない人や、おいしいケーキの味を知らない人がほとんどだという。
 
朋美さんは「こんな田舎町までわざわざ来てくださるお客さんがいて本当にうれしい」と話した。
 
クッキーやマドレーヌ、フィナンシェなど日持ちするものは配送が可能。ギフトにぴったりな詰め合わせもある。今後は月に2回ほどスラバヤへ販売に行くことも検討しているという。 ショーケースに飾られている絶品ケーキたち。クディリまで足を伸ばしてぜひ味わってみて。

◇Patisserie Achmad Aris Udagawa
住所 Jl.Panglima Sudirman No.37 Kediri, Jawa Timur

☎  0354.688.689
営業 午前11時~午後7時半

情報元:じゃかるた新聞

2016年9月21日水曜日

電車に持ち込んではダメ! インドネシアの道徳教育


インドネシアの首都ジャカルタ(人口約1030万人)を走る電車のドアには、車内での禁止事項を記したポスターが貼られている。銃器や可燃の油を持ち込んではいけない、たばこを吸ってはいけない-などは当然だが、いかにもインドネシアっぽい禁止事項もある。

 まず、てんびん棒を担いで電車に入ってはいけない。お菓子や食べ物などをぎっしり詰めた箱を棒の両端につり下げている行商人はお断りという意味で、数年前まではよくいたそうだ。

 動物を入れてはいけないという項目もある。家畜のヤギやニワトリを電車で運ぶ例が過去にはよくあったという。

 ギターを持ち込んで車内で歌ってはいけない。ギターを片手に、客からリクエストされた歌謡曲を歌う「流し」が多かったようで、これも禁止だ。

 果物の王様ドリアンを持ち込んではいけないというのは、独特で強烈なにおいが迷惑になるからだと合点がいく。

 「4、5年前までは車両の上に登るのは当たり前。車内には猿回しまでいて大変な騒ぎだった」。そう語る知人のインドネシア人男性は「電車内でのマナーを通じて、インドネシア人は今、道徳を学んでいる過程にある」と説明する。

情報元:産経新聞